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お母ちゃんのお言葉

十分ある人のまねはしたくてもできませんが、
まったくない人と同じにする必要はありません。

OL委員会が出した本がメチャ面白い。一番好きなのは「にんじんだもの」。もちろん相田みつおの 「にんげんだもの」のパロディなのだが、年頃の女の子たちの本音が笑えちゃう。

その中で「腹八分目がわからない」に私は唸ってしまった。本当に戒めの言葉は観念的すぎて、 どうも実践に際しては親切じゃない。

私は嫁ぐ1ヵ月前まで学生だったから、物心ついて以来ずっと二言目には「学生らしくしなさい」 と言われ続けてきた。6・3・3・4の16年間考え抜いたが「らしい」の中身がついぞ分からなかった。

でも、もっと分からないのが「分相応」だった。己の「分」つったって、どの程度が自分の「分」 なわけ? それが分からないことには「相応」の検討なんかつけられない。

恥ずかしながら、若き日の私は浪費家であった。
親父は「女の子は物欲しげになってはいけないから親が十分贅沢させねばならぬ」が持論だったくせに、 自分が買い与えるときはいいのだが、私が自分でショッピングすると、すぐに「分をわきまえよ」 と怒った。

私は服がたくさん必要だった。
パーティともなれば見栄だって張りたいではないか。その時は総レースのドレスを目論んでいたのだが、 「らしい」と「分」で却下。ぐれた私は「分て何よ、らしいって何よ」とくってかかった挙げ句に 「分かった。Gパンで行く」と極論して親を脅迫した。

それまで黙って父と私のやりとりを聞いていた母が言ったのが、冒頭の言葉である。

精神論と観念論だけで生きている父親と違い、母の説明は生活者としての実践に裏づけられていた。 な~るほど。以降、私は冠婚葬祭及び生活全般の基準をこの言葉に拠っている。

ほかっておくとサ、私、見栄張っちゃうもん。

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