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~ 給食 ~
今の子供に「給食は楽しみですか」と聞くと、みんな「ウン」と元気良く答えてくれる。なるほど、メニューを見るとパン・ごはん・おかずに
デザートとバラエティーに富んでおり、今晩のお献立のヒントになりそうなごちそうが並んでいる。
ところが私が小学校の頃の給食ときたら、ミルクはかの有名な脱脂粉乳。臭くてみんな鼻をつまんで飲んでいたものだった。
ガスガスした食パンが3枚、あとおかず。
おかずの中に入っているお肉はほとんどアブラ身で、肉ギライになった子のほとんどがこの給食が原因だった。このブタのアブラ身にさつまいもが
入ったみそ汁が薩摩汁。
パンのおかずにこんなものがあうと思って作ってるんだろうか、と私はとても不満に思っていたのだが、それは私がぜいたくな子供だったからだ。
その頃の日本はまだまだ貧しくて食べられない程の人は少なかったにしろ、十分に食べている人ばかりではなかった。ミスマッチの献立の中にも
人気メニューというのはあり、タラスティックという冷凍のタラのフライは特に男子に好かれていた。ソースをダボダボにかけてパンにはさんで
食べていたが、うれしそうだったなあ。
私自身はアレルギー体質で揚げ物が食べられず、タラスティックの時は人に食べてもらってたのだが、「今日はオレにくれナァー」とみんなが欲し
がっていた。
忘れられないのはコンビーフが出た時だ。当時としては夢の大御馳走で、もうケンカになるのでコンビーフは学級委員が配分するこになっていた。
普段ガキ大将で、人の頭をこづいたり、スカートをめくったりしている悪さ坊主が一生懸命笑顔をつくりひとさじでも多く自分の食器に入れて
もらおうと愛敬を振りまいていた。
今から思うと何とも物悲しい情景ではある。「オレ一生に一遍でいいから腹一杯コンビーフ食べてみたい」と言っていたガキ大将や「お好みフルーツ
(果物の缶詰を集めたようなフルーツポンチ)をどんぶり一杯食べたい」と夢見ていたハナタレ達、豊かなこの時代にその願いを果たしたのだろうか。
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